「意思決定コスト」とは?”ご都合に合わせます”が相手の負担になる理由と、ビジネスでのメリットについて

ビジネスの現場では、自身の希望を伝えるよりも、「ご都合に合わせます」といった言葉が丁寧で、相手を尊重する姿勢だと考えられがちです。しかし実際には、その決定権を“譲る姿勢”や“寛大さ”が相手に負担を与え、「意思決定コスト」を押し付けているケースが多くあります。

では、意思決定コストの本質とはなにか?そして、“ご都合に合わせます”がなぜ相手の負担になるのか、意思決定コストを引き受けることがビジネスでどのようなメリットを生むのかについてお話ししていきます。

意思決定コストとは何か

まず「意思決定」とは、ある目的を達成するために複数の選択肢の中から最適と思われるものを選び決めることです。

例えば、「今日はどこに出かけるか決める」「どのお店に行くか決める」「お店のメニューを見て、何を注文するかを決める」などは、どれも意思決定です。もちろん自分一人のことだけではなく、複数人で「いつ集まるか」「どこに旅行に行くか」「何時に集合するか」なども意思決定になります。

経営では、経営者が「これをやる」と決めたこと、また「売り上げ〇万円」といった目標設定が意思決定になります。「どこに資金を投入するか」「どの市場で勝負するか」なども意思決定であり、会社・経営者の決定事項に沿って、社員は行動することになります。

では、これにコストを加えるとどうなるか。意思決定コストとは、 「何かを選ぶときに発生する、判断・比較・決断のための精神的負担」 のことです。ただ、世の中的にしっかりとした定義があるわけではないので、このブログ内における「意思決定コスト」の定義と考えていただければ思います。

誰もが覚えがある?日常に潜む「意思決定コスト」の例

前述したとおり、意思決定は複数ある選択肢の中から「決める」ことです。例えば仕事の場面で、チーム内のミーティングを設定するとして、チームのメンバー全員が集まれる複数の候補日から、最適な日時を決めることは「意思決定」になります。

しかし、これはチームリーダーや、日程調整を任されたメンバー主導のもと「意思決定」ができている、良い例と言えます。実際には決定せず、「意思決定コスト」を相手に負担していることも多々あります。

食事の場面

あなた(または相手):「今日何食べたい?」 相手(またはあなた):「何でも良いよ」

こういった会話を誰もがしたことがあるのではないでしょうか。家庭内で、パートナーとの会話で、覚えがある人は多いでしょう。「何でも良いよ」は、「あなたの料理は何でもおいしいから何でも良い」「あれが食べない、などわがまま言わないし、それは上から目線で注文してるみたいになるので、失礼にあたる。作ってくれたものは喜んで何でも食べる」「何でも良いよ、あなたが食べたいものを食べようよ」「手間のかからない、簡単なもので十分」などの意味で使っていると思います。

これは一見、優しさに見えますが、実際には“決める責任をあなたに丸投げしている”状態です。

ですので、「何でも良いよ」と言われたあなた(または相手)は、こう考え始めます。

・本当に何でも良いのか ・好き嫌いは? ・予算は? ・昨日食べたものは?

「何でも良いよ」と言われたほうは、何も与えられないまま、意思決定コストを押し付けられた状態になる、ということです。

押し付けられた側は、何が良いかを考えなくてはならなくなります。洋食にすべきかそれとも和食が良いのか。何を作るかを決め、足りない食材があれば買いに出かけなくていけないかもしれません。相手が本当には何を食べたいのかわからないまま託されると、スーパーマーケットに行ってもまだ食材選びに悩んでいる、なんてことになりかねません。

つまり「今日何食べたい?」「何でも良いよ」は、食事の献立、食材の準備などの負担をすべて押し付けていることになります。

逆に、「カレー」「パスタ」「肉料理」など、食べたいもののジャンルに少しでも具体性があれば、その中から、いくつか選択肢としてイメージが生まれる可能性が高まります。

外出・外食の場面

あなた(または相手):「どこ行く?」 相手(またはあなた):「どこでも良いよ」

この「どこでも良いよ」も、選択肢を無限に広げてしまい、むしろ負担が増える典型例です。「どこでも」は近場ならどこでも良いのか、少し遠出するのも問題ないのか。

どのお店に入るかも同じです。「どこでも良いよ」は、飲食店がいくつもあった場合、そこから1つを選ぶのは容易ではありません。あなた(もしくは相手)が、食べたいものが決まっている場合は飲食店を絞り込みやすいですが、そうでない場合、食べたいものが決まらず、ウロウロすることになりかねません。

「自由に決めていいよ」は優しさではなく“責任放棄”のことも

「自由に決めていいよ」 「好きなところに行こうよ」

これらも一見寛大ですが、実際には意思決定コストを相手に押し付けていることがあります。「何の制約もつけないから、思うようにして良い」という意味で、全権を譲っているようですが、言われた側は、そうは受け取らないことも多いでしょう。これといった希望が一つもない、ということは、興味・関心がない、決める気がない、意思がない、と捉えられてしまうかもしれません。

旅行を例にするとわかりやすいのではないでしょうか。「自由に決めていいよ」 「好きなところに行こうよ」は、いつから行くのか、国内なのか海外なのか、何泊なのか、海なのか山なのか、予算はどれくらいなのか(本当に制限はないのか)、避暑地なのか観光地なのか。

少しでも希望を伝えてくれたら。自分の考えや仕事の都合などでも良いので、話してくれたら・・・。「自由に決めていいよ」 「好きなところに行こうよ」は、相手の希望をすべて通す寛大さではなく、旅行の計画を一緒に立てようとしない、そもそも行く気があるのか?と思われてもおかしくはありません。

そう考えると、仕事においても同じです。「自由に決めていいよ」 と言われても、自分にどれだけの権限があるのか、予算はいくらなのか、メンバーも勝手に決めて良いいのか。彼らに都合を考慮しなくても本当に大丈夫なのか。

全幅の信頼からの全権委任だとしても、「自由に決めていいよ」 と言われるほうが、逆に困るのではないでしょうか。そして、これもまた全面的に任された側は「面倒ごとを押し付けられた」、と考えるかもしれません。

私たちは「自分の都合を後回しにして相手に合わせる寛大さ」をはき違えていないか

たとえが少し長くなりましたが、ここからが本質的に話しになります。多くの人は、 「自分の都合は後回しでいいよ」 「あなたに合わせるよ」 「いつでも良いよ」 といった言葉を“思いやり”だと信じています。また、信頼しているからこそ、「(あなたの選択に間違いはないし、何を選択したとしても文句はないから)何でも良いよ」というのでしょう。

しかし実際には、次のような問題が起きています。

・相手に判断を丸投げしている

・決めることから逃げている

・相手の負担を増やしている

・相手に「決める責任」を押し付けている

・物事が進まなくなる

つまり、 “寛大さ”のつもりが、相手に意思決定コストを負担させている、ということです。大なり小なり、決め事には、精神的な負担と決めたことへの責任が伴います。言い出したことに責任を持つ、と言い換えても良いかもしれません。

信頼や寛大さから、決め事を相手に譲り、決定したことに合わせるという姿勢を示したとしても、意思決定コストを相手に負担させることに変わりはありません。そしてそれは、思いやりではなく、自身の選択や責任から逃れていることになります。

本当の思いやりとは、 相手の負担を減らすこと であり、 相手に決めさせることではありません。

打ち合わせの日程調整での「ご都合に合わせます」問題

ビジネスで最も頻繁に起きる“意思決定の丸投げ”がこれです。

あなた:「日程はご都合に合わせます」

一見丁寧ですが、実際には相手に以下のような負担を与えています。

・複数の候補日を考える

・同席者の都合を推測する

・会議の重要度を判断する

・他の予定との優先順位を決める

つまり、意思決定コストを丸投げしているのです。

少しでも「こちらが決める」ことで相手の負担は軽くなる

例: 「来週の火曜・木曜の午後でいかがでしょうか?難しければ金曜午前も調整できます」

これだけで相手の負担は激減し、日程が一瞬で決まります。

「いつでもご都合に合わせます」より、候補日が絞られるでしょう。週末、翌月一週目、20日以降といった範囲でも、多少は違うはずです。

「いつでも」は、「いつでも伺います」「あなたを最優先で考えています」のように思えて、実は相手に日程調整を押し付けている、意思決定コストを負担してもらっているのです。

社内での指示が曖昧なケース

上司:「この件、いい感じに進めておいて」 上司:「必要に応じて調整しておいて」 上司:「任せるよ」

これらは権限移譲ではなく、責任の丸投げになりがちです。

部下はこう迷います。

・どこまでやればいい? ・どこから報告すべき? ・予算は? ・優先順位は? ・期限は?

これも、意思決定コストを部下に押し付けているのです。

部下はこう思っているかもしれません。

「適当な上司だな」「面倒だから押し付けたんだな」「任せるって言われても・・・」

日ごろの関係性が良好でスムーズにいくこともあるでしょう。任せられた部下が張り切って取り組む可能性もあります。しかし、全幅の信頼、阿吽の呼吸などが一方的でない場合です。もし上司の思い込みであって、部下は困惑していたり、不満げだったりすると、目も当てられない事態になるかもしれません。

部下への全幅の信頼や、気兼ねなくのびのびとやってほしいと思っていても「決めるべき範囲を明確にする」

例: 「この資料は“たたき台”レベルでOK。期限は金曜17時。優先度は中。判断に迷う点はSlackで相談して」

信頼関係のある部下であれば、このような期限やルールが決まっているだけでも迷わず動けるでしょう。

「予算は●●円」「超えそうな場合は相談して」「ほか、必要なものがあったら言って」

決して、丸投げではない。全体の指揮は任せるが責任はこちらで負うよ、という姿勢の有無だけで、印象は大きく異なるのではないでしょうか。

権限移譲の範囲が曖昧なケース

最悪なのか、「任せるよ」と言いながら、実際には任せていないケースです。

・どこまで決めていいのか ・どこから上司の承認が必要なのか ・どのレベルの判断が許されるのか

これらが曖昧だと、部下は動けません。

「任せる」「好きにやって良い」と言っておきながら、「そうじゃない」「もっと」と言われたら、部下はどう思うでしょうか。そう言われたことがある、またはそう言ってしまったかもしれない、という記憶がある方もいるかもしれません。

「任せるよ」「好きにやって良いよ」は、本当に権限移譲をして、一方で「責任は自分が取るから思い切ってやって良い」と明確であれば問題ないかもしれません。しかし、単に意思決定コストを相手に負担させ、また責任の放棄でもあった場合、最悪の結果、信頼関係の崩壊につながる事態を招くこともあるので注意が必要です。

最悪の結果を招かないためにも、「任せる範囲を決める」ことが大切です。「このプロジェクトの予算●万円以内の判断はすべて任せる」「予算が超えそうな場合は相談して」「判断を仰ぎたい場合はいつでも連絡して」などは伝えておくべきです。また、一任したとしてもプロジェクトの進捗確認を兼ねたコミュニケーションくらいはとっておくのがベターでしょう。

これだけで仕事を押し付けられたという感覚がなくなり、相手の意思決定コストの負担も減るでしょう。

営業・コンサルの「どれにしますか?」はNG

顧客は判断基準がわからないため、選択肢が曖昧なまま返答を求められても決められません。サービスによくある「松竹梅」の3つの価格帯を提示するのも同様です。多くの場合、中間の「竹」が選ばれますが、それも選択肢が3つに絞られているからこそ、選びやすくなっています。

これが、価格帯がほとんどはっきりしておらず、オーダーメイドの場合はどうなるでしょう。相場をよく知っていて交渉に長けている顧客でない限り、金額を自ら伝えてくることはないでしょう。

予算も把握せずに「どれにしますか」と顧客にゆだねるのはNGです。予算をある程度、把握した上で、「現状の課題と予算を踏まえると、このプランが最適です。理由は〇〇で、リスクは△△です」と、価格帯・サービス内容を提示したほうが、顧客は判断がしやすいでしょう。

意思決定コストを引き受ける人が選ばれる理由

ビジネスで意思決定コストを引き受けると、次の効果が生まれます。

・購入率が上がる

・顧客満足度が上がる

・顧客の成功率が上がる

・社内の生産性が上がる

・価格競争から抜け出せる

・離脱ポイントが減る

つまり、 「迷わせない仕組み」を作ることが、ビジネスの勝ち筋になる ということです。

まとめ

「意思決定コスト」とは「選ぶための精神的負担」 です。「ご都合に合わせます」は、相手を思い丁寧な対応に見えて相手の負担になっていることがあります。日常の「何でも良い」「自由に決めていいよ」も責任放棄のことがありますので、注意が必要です。これは、ビジネスシーンにおいては意思決定の丸投げや、生産性を下げることにつながります。

逆に、「意思決定コスト」を引き受けることは、プロとして責任を持って選択肢を提示することになり、価値の証明にもあります。もちろん、意思決定コストを引き受ける企業・人は信頼され、成果につながるでしょう。

つまり、「意思決定コスト」を減らすだけで、 ・成約率 ・リピート率 ・顧客満足度 ・社内の生産性などが向上する可能性があるのです。

「意思決定コスト」を相手に負担させていないか?一度考えてみてはいかがでしょうか。

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